和田 直 ギタリスト
Sunao Wada
1934年三重県津市生まれ
第2次世界大戦時、疎開先の上野市郊外で終戦と同時に古賀メロディーを聴き、11歳から独学でギターを始める。進駐軍のラジオ放送を聞いて、ジャズに興味を持つ。
1953年、名城大学入学、ハワイアンパンドで活動。当時ジャズ界に君臨していた久野史郎氏(名古屋「コンポ」のマスター)や、内田修氏(現評論家)と出合う。日本のライブハウスの草分け的存在であった「コンポ」には、海外から多くの一流ミュージシャンが訪れた。ハウスバンドとしてカルテットを組んでいた和田は多くのアーティストと共演する機会を得る。クラーク・テリー、ブルー・ミッチェル、ソニー・スティット、フランク・フォスター、ジュニア・クック、フランク・ウェス、ポール・ゴンザルペス、ミルト・ジャクソン、ウィントン・ケリー、トミー・フラナガン、ハービー・ハンコック、ポピー・ティモンズ、パーシー・ヒース、レジー・ワークマン、ポール・ジャクソン、レイ・ブラウン(アスターに於いて)アート・プレイキー、フィリー・ジョー・ジョーンズ、トニー・ウイリアムス、ライオネル・ハンプトンエルピン・ジョーンズ、ビリー・ハート、ルイ・ヘイズ(アスターに於いて)、ハロルド・ジョーンズ、デイブ・ベリー、ソニー・ペイン、アルムゾーン、コニー・ケイ等、数えきれぬほどのスター・ミュージシャンとの共演により、20代半ばにして、理屈抜きでジャズの魂を体感する。














和田は、「コンボ」は僕にとってのパークリー」と言う。カウント・ベイシー楽団のフレディーグリーン氏は和田の演奏について、「最もプルースを知るギタリスト」と久野氏に話している。
マンデル・ロウ氏と「ラブリー」で共演したことから、氏より特別製のギター・ブリッジが贈られたことは有名である。
ソウルフルでスゥインギーなうちにも哀愁を感じさせるギター・プレイは、聴く者の心をとらえて離さない。夏に日本を代表するジャズ・ギタリストである。
「プルースなくしてスゥィングすることはあり得ず」は和田のジャズ観である。今までに7枚のアルバム、CDがリリースされているが、新作の発表が待たれる。現在も精力的にライブ活動を行い、オリジナルナンバーへのリクエストも多い。新境地を開拓すべくギターを片時も離さない。その姿勢は非凡である。
多くの逸話が物語るように、和田の存在そのものがブルースなのである。
「ラブリー」の河合氏はそんな彼を「ミスター・ギター」と呼ぶ。


